輩と戦う際の注意点 - 仏法研鑽塾Ⅲ

輩と戦う際の注意点

仏道修行がある程度進んでくると、三障四魔や三類の強敵が現れてきます。

その現れ方については、すでにご存じの事と思われますので省きます。

とにかく、その人が境涯の高い言動をとっていればいるほど、そうさせまいとする真逆の負荷がかかってくるのです。

本当に煩わしいかぎりです。

このブログを読んでくれている方たちも、すでに経験済みだと思います。

筆者自身、常日頃、頻繁に悩まされているのです。

以前、実験した事があるのですが、試しにあまり境涯の高くない言動をとっていると、この現象は出てこなくなるようなのです。

きつねにつままれたような気分とはこのことです。

第六天の魔王の所領に住んでいると現れる、特有の現象なのでしょうか。

とにかく不思議です。

こんな調子ですので、小善人の仏法者たちは、境涯が低いとは言えないけれどあまり高くもない言動をとる日常に、安住してしまうようです。

一方、自分の魂の質を進化向上させるという明確なシナリオを持って生まれてきた人たちは、社会に対して迷うことなく大善の言動を発信していきます。

大善とは、民衆の無明に英知の光を射し込む無私の利益提供にあたります。

当然、行われる大善行為の影響力の程度に応じて、大小、さまざまな逆風がその人に吹き付けます。

ここで仏と魔との闘いが発生。

大善を行う者は、否が応でも、襲いかかる輩たちと闘う状況に追い込まれます。

こちらのエネルギーが圧倒的に強い場合、噛みついてきた輩たちは、しばらく発狂した後で自滅してしまうでしょう。

逆に、輩たちの方が強ければ、こちらがやられてしまいます。

この勝負はエネルギー量に勝る方が勝利します。

現実の戦いは、題目を1時間唱えたから必ず勝つというほど甘くありません。

過去世から現在まで放射してきたその人の正気エネルギーの総量と、その人をサポートしている諸天の力量により勝負が決するものなのです。

日蓮大聖人のように、自分の言動で狩り出した輩を、自分で成敗する必要に迫られる場合もあるでしょう。

今回は、その際に注意しなければならない点を明らかにしておきたいと思います。

その1。

どうしても今、斬り捨てる必要に迫られた場合、輩のリーダー格のみを斬る事。

付和雷同している大多数の子分連中は放置しておいてもいい。

なぜなら、子分連中まで相手にしてしまうと、こちらのエネルギーが消耗し過ぎてしまう場合があり、そこに、他の強い輩が付け入るスキを与えてしまうからです。

カルマの法則を良くわきまえて、最小限の攻撃で最大の結果を得る方法を選ぶこと。

以前の記事にも書きましたが、ゾンビを斬りまくっていると、こちらまでゾンビの性質が乗り移ってしまうのです。

大善を行う仏法者、大善を行うその他の人には要注意な部分です。

輩と闘うのは大善を行う者にとって必然ですが、輩を相手にし過ぎてもいけない、闘い過ぎてはならないのです。

人は、普段自分が忌み嫌っている相手に、自分がなってしまうということが多々あります。

このあたりのニュアンスは、伝わりにくいとは思いますが、筆者の個人的な体験からも正しいやり方だと断言できます。

誤解しないでいただきたいのは、輩退治の目的は相手に「愛」や「慈悲」の心を身につけさせる一点にあります。


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